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プロが監修する研修のケーススタディはここが違う

西村 伸郎(ジャイロ総合コンサルティング株式会社 取締役会長)

 

 

要約

●主人公の固有名詞、業務内容、職場の人間関係、などは、できるだけリアルに記述するよう作り込む

●討議の広がりと深い考察を促すため、正解(解決策)が3通り程度は出てくるものを作るよう心がけている

●組織内でさまざまな立場から悩み試行錯誤した経験の豊富さが、ケース作成に必要な発想を生み出す

 

 

ケーススタディとその使用場面

私たちが受託する様々な研修において、講座にケーススタディを組み込むことが多い。ケーススタディを組み込む研修は、経営戦略系研修と人材育成・コンプライアンス系研修に大別される。前者はMBAコースや人材アセスメントの戦略立案演習にて使用される企業の事例研究であり、数十ページ以上に及ぶ長文になる。文章だけでなくデータや図表を多用し、長い時間をかけてじっくりと読み込む教材となる。その多くは実在の企業をモデルにしており、受講者はその会社が直面している経営課題を抽出し、それらの課題解決に向けての経営戦略や事業戦略を立案し計画化する。単独で立案するたけでなく、グループで論議し互いに切磋琢磨することがある。

後者は、企業における管理職研修やコンプライアンス研修などで使用されるもので、長文のものでも2500文字程度である。企業などで現実に起こりうる出来事や事件を想定して講師が作り込むことが多い。これらケースを題材にして、受講者に起こっている問題の本質を捉えてもらい、当事者の立場に立って問題の解決のために何を行うべきかなどを考えてもらう。時間があればグループ討議を行い、受講者間の意見の相違と共通点に気づいてもらう。ここでは、この後者のケーススタディに用いられるケースを作る上での原則やコツを披露してみたい。

 

ケース作成のプロセス

ケースを作ると言っても、全く何の手がかりなしにフリーハンドで作り込むことはない。大抵の場合は、研修を依頼される企業・団体が望む受講者へのスキルアップ内容や、コンプライアンス研修などでは実際に発生した不祥事などの概要などを予めヒアリングする。その上で、いかにもありそうで、実際には発生していない出来事や事件をケースとして創作することになる。創作活動なので頭の中だけの作業であり、それはどのようなプロセスなのかをつまびらかに記述することは、極めて困難であるが、ケース作成者としての幾つかの気づきを以下に述べる。

 

ケーススタディの前に講義を

ケーススタディに入る前には講義を行うことが多い。コンプライアンス研修では、コンプライアンス知識に関わる講義であるし、リーダーシップ研修では、職場でのリーダーシップとは何かなどの講義である。当然ながら、ケースではこれらの講義を前提として実施するので、何を学ばせるのかを念頭においてテーマを絞り込む。先の講義を受けた上で、「なるほど、先の講義内容は納得がいく」という印象を持ってもらうためだ。

 

リアルなケースを心がける

周辺状況はできるだけリアルに記述することが求められる。周辺状況とは、職場の人間関係、業務内容などのことであり、主人公の固有名詞は欠かせないし、職務内容も明確にしておく。また、主人公はあくまで悪意のない善人の場合が多く、その善人が何かのトラブルに巻き込まれる。主人公の感情や思いについての記述も必要となる。これらの記述がないと、読み手の思い込みによる解釈の幅を狭めることになり、また受講者の想像力を刺激しない。さらに関係者は数人程度とし、短時間で覚えられる範囲が望ましい。

また、発生した出来事や事件に関しては、あまりに重大過ぎず、かといって見過ごすことができない程度のインパクトがあり、その解決策が幾通りも考えられることが必要になる。そのためには、複数の関係者、すわなち、上司や部下、同僚のそれぞれが何らかの意味で出来事や事件に関係しており、誰かが一方的に悪いとか、正しいとか解釈されるようではいけない。誰が悪いのか、何が原因なのかなのかが判然とせず、ましてやそれらの真因も複数存在することとする。

 

問題の解決策の多様性と意外性

一方で、あまりに多様な解決策が考えられ得るケースでは、逆に議論が集約せず、正解らしきものが見つけられないことになる。まっとうで唯一の正解があるケースも初歩的なケーススタディでは作ることもあるが、多くは3通り程度の解決策が想定されるものが良いとされる。というのも、グループ討議で誰かが正解になり得る解釈を発言すると、全員の意見がそこに集約して議論の広がりがなくなるためだ。

また、多くの方が思いもかけない解決策が考えられるケースであれば秀逸なケースと言えるだろう。このようなケースであれば、受講者は深い考察を経て一挙両断に至る考え方を習得することができたとの実感に至り、受講者満足が高まるはずだ。しかしながら、このようなケースはあまり多くないし、少なくとも私(西村)にとって永遠に追及したいケースである。

以上のように書くと、ケースの作成はとても難しそうに捉えられそうだが、ありていに言えば、まずはラフなストーリーを自由に考え、推敲を繰り返すことになる。書いては推敲を何度か繰り返すことでケースの深みを増すことになる。場合によっては、他の人に意見を訊いたりもする。望ましくは、本番でのケーススタディの使用前に、講師陣の間でお披露目を兼ねてグループ討議することがお勧めである。

 

ケース作成には社会経験の豊富さが

このようなケースを制作する上で最も重要なことは、何といっても組織内での経験の豊富さだろうと思う。様々な部下の立場、上司の立場を体験し、そこで悩み試行錯誤した経験が発想を生み出す。逆に社会経験が少なければ、なかなかリアルな状況は思い浮かばないだろうし、人の感情や行動について深みある状況が記述するのは難しい。また、実際に自分の周りで起こった出来事にヒントを得て、ケースを作ることも多くある。しかし、あくまでヒントを得る程度であり、事実をそのまま記述することはあり得ないし、そのようにすべきでもない。

ケースを書き上げたら、最後にティーチングノートを作成しておく。ティーチングノートでは、ケースの狙い、講師としての議論の進め方ガイド、想定される受講者の回答に関するコメント内容などを記述しておく。ティーチングノートを完成させることで、ケースの一部を書き換えることもあり得る。